仏像図解新書。

仏像図解新書 (小学館101新書)

仏像図解新書 (小学館101新書)


仏像の見方ハンドブック

仏像の見方ハンドブック


仏像がよくわかる本―種類・見分け方完全ガイド (PHP文庫)

仏像がよくわかる本―種類・見分け方完全ガイド (PHP文庫)

先月「ボストン美術館展」に行ってきた。快慶作の「弥勒菩薩立像」がお里帰りしており、美しい立ち姿にしばし見とれた・・・と言いたいところだったのだが、ご一緒した知人の知人のご老輩が「迷子になるから手を繋いでいてほしい」(汗)というので、手を繋ぐ羽目になった(敬老敬老)。というわけで、気が散って(爆)ゆっくり鑑賞できなかったのである(美術展は一人で行くのが一番だ)。

会期中にもう一度行ってこようと思っている。

そのせいもあるのか、突然「仏像の見方」の本が欲しくなってきた。既に何冊も持っているのだが、今度は「詳細な見方」が知りたくなってきた。そこで「買ったのが「仏像解体新書」。
帯の仏像様に釘付け」というのをAmazonの書評で見た。実際に現物を見たらたしかに「釘付け」になってしまった(笑)。
皆さんも是非店頭で手にとってご覧いただきたい。多分「釘付け」になると思う。それくらい魅力的な仏様なのだ。

空腹が人を健康にする

「空腹」が人を健康にする

「空腹」が人を健康にする

  • 作者: 南雲吉則
  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • 発売日: 2012/01/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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数ヶ月前に
50歳を超えても30代に見える生き方 「人生100年計画」の行程表 (講談社プラスアルファ新書)

50歳を超えても30代に見える生き方 「人生100年計画」の行程表 (講談社プラスアルファ新書)


「50歳を超えても30代に見える生き方」を読んだ。南雲先生のメタボ時代?の写真が載っていた。勿論今とは全くの別人である。

今年の1月、健康運動指導士の基礎講習に参加してきた。
講師には(スポーツプログラマーの講習の時もお世話になりました)筑波大大学院の田中喜代次教授がいらっしゃっていた。田中先生は「生活習慣病予防のための減量介入研究」などの研究をしておられる。基本的に減量は、運動量を増やす(出ていくカロリーを増やす)か、摂取カロリーを減らす(入るカロリーを減らす)ことなのだが、両方をうまくこなすのが減量のコツかもしれない。

私自身はもう少し太りたい。こう言うと「お腹の贅肉をあげたい」と言われたりするが、贅肉はいらない気がする(笑)。

それはさておき、南雲先生曰く

私たちの体は、ちょっと食べるだけで太るようにできているのです。そうでなければ、私たちの祖先は飢餓との闘いの歴史を生き残ってこられなかったでしょう。ですから、少しの量の食事でも太ってしまう体質は、人類の進化の結果なのです。

人間には、食事を効果的に脂肪に変えて温存する「飢餓遺伝子」(倹約遺伝子ともいう)が備わっているらしい。

もう一つの遺伝子。これが「延命(長寿)遺伝子」、正式名が「サーチュイン遺伝子」というのがある。発見されたきっかけが「私たちの体は、空腹であればあるほど生命力が活性化し、若返るのではないか」という仮説からだったそうである。
また、この遺伝子は空腹状態におかれたとき、人間の体内に存在している50兆の細胞の中にある遺伝子を全てスキャンして、壊れたり傷ついたりしている遺伝子を修復するということが分かったらしい。つまり「若返り」にも効果があるらしい。

南雲先生は「見た目」を大切にしている。

「外見の若さと美しさこそが、健康のバロメーターにほかならないからです」

1日一食をすすめている南雲先生だが、これは痩せている人が太るにも効果があるらしい。
ゴボウ茶でもつくるか(笑)。

スピード危機管理。

これは元々「モバイル中谷塾」で読んだのだが、あまりに面白いので一冊買って師匠に渡した。師匠も「これは面白い」とのことだった。
サブタイトルは「ピンチに強くなる52の具体例」。「成功の中に失敗あり。失敗の中に成功あり」と書かれている。この本は10年以上前に書かれた本だが、今の時代も十分活かせる。

  • 「まさか」ということが起こる、と考えよう(想定外、ってヤツですね)
  • 「ここは大丈夫」と考えているものをチェックしよう
  • 「絶対にない」と、考えるのはやめよう
  • 腐った官僚主義になっていないか、チェックしよう
  • 世論に流されないようにしよう
  • 奇襲より、正攻法であたろう
  • 敵を攻撃するより、仲間を助けることを優先しよう
  • 連絡のスピードアップをしよう

などである。私ははじめて知ったのだが、真珠湾奇襲で日本全体が浮かれて、本来はそこで講和条約を結ぼうとしたのに、国をあげての「いけいけ戦争モード」になったとか、ドイツのUボートが壊滅したのは「航路を変えなかったため」だったとか(腐った官僚主義)。
日本は無線技術が遅れており、それが敗因の一つでもあったのだが、その理由というのが、何だか情けない。アメリカは大リーグをラジオで放送し、人気があったため、ラジオや無線器機の研究開発が進んでいた。一方日本には大学野球があったのだが「大学は勉学をするところであって、野球などで遊んでいるのはけしからん」という意見があり、それでラジオはじめ、通信器機の発達が遅れた。エンターテイメントを発達させた国が戦争でも勝つのだ。
また、戦時中日本は「敵国語を使ってはいかん」ということになったが、アメリカは日本語と文化を徹底的に研究した。その辺りも非常に興味深い。

猫弁

3月17日、18日と「未詳倶楽部」の例會に参加してきた。入会して11年位で10年ぶりの参加である。春の雨の中、キャリーバッグと愛機カメラをかついで、傘をさして東京駅に向かう。さて、アクティで行こうか新幹線で行こうかと迷ったが、早いほうがいいと思い、新幹線に乗った。熱海まではあっという間だ。駅に降り立つと何故か年配(いや超年配)の方がたくさんいる。何故だろう。荷物が大きいのと雨がすごいのとで、駅前のベッカーズでランチ(こだま号の車内販売が3月のダイヤ改正で終了しており、お昼を食べ損ねた)していると、超年配の方々が次々に入ってくる。「梅園ツアー」か何かだろうか。
一休みして、会場の某所に向かう。
メンバーが続々と集まって来た。う〜ん、顔は知ってるけど、名前は知らないヒトばかりだ!!新会員の紹介と共に、7年ぶりに参加のK氏(彼とはmixiでもFBでも繋がっており、年賀状のやりとりもしているのだが、お互い「生」で会ったのははじめて)と10年ぶりに参加の私は軽く自己紹介をした。その後、今回のゲスト、三味線奏者で作曲家の本條秀太郎師匠がにこやかに登場した。実はギター好きなので、三味線には興味があるのだ。

ちょっと一休みしてから大広間に集まって、早速本條師匠の三味線を聞く。豪華な早咲きの桜が活けられており、華やかな感じ。江戸吉原の粋な歌、合間合間に「吉原豆知識」のような話がはさまれ、江戸マニアとしては非常に興味深い。
例えば江戸っ子は濁る音を嫌ったとか、深川芸者(深川はうちの近所だなあ)は足袋をはかず、男物の羽織を着て男言葉で喋っていたとか(かっこいいねぇ)。
歌の中で、客が遊女に振られて、朝まで寝たふりをして待っており、明け方にやっと相方が来たかと思ったら、行灯に油を差すオヤジだったとかいうのがあった。
あれれれ?まあ、行灯に油をさすような男性は、遊女が逃げないようにとか、心中を防ぐためってのはわかるけど、遊女が客を振ってもいいのか??相手は一応お金払ってるのに?私が愛読(笑)している「廓源氏」なんかでは客をとるのを拒否した新米遊女が布団部屋で折檻される、なんてのがあったけど。

廓源氏 3 (まんがグリム童話)

廓源氏 3 (まんがグリム童話)

本條師匠の歌を楽しんでその次はお待ちかねの温泉。そして温泉の後はもっとお待ちかねの夕食。
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私は何故かくじ引きに当たって、松岡さんの隣というラッキーな席が当たった。その際に「遊女が客を振ってもいいのか?」という間抜けな私の質問に対して松岡さんは「粋な振り方っていうのがあるんだよ」と優しく答えて下さった。
その翌日ランチの席で隣になったM嬢から紹介していただいたのが「猫弁」。筆者はM嬢の前の職場の同僚なんだそうである。

猫弁【完全版】 天才百瀬とやっかいな依頼人たち

猫弁【完全版】 天才百瀬とやっかいな依頼人たち


早速買って読んでみた。普段あまり日本のミステリーは余り読まないのだが、「しょっぱなから霊柩車が消えるんですよ」「ミステリーなんですが、誰も死なないし、ほんわかしてるんです」というM嬢の言葉に興味が湧いたのだ。丁度「ミレニアム」の読後で、ミステリーづいていたこともある。
猫の弁当ではなく、猫の弁護士、といっても世田谷区で起きた「猫屋敷」の事件を解決したので「猫弁」というあだ名がついた、婚活中の弁護士が主人公である。ミステリーなので内容は書かないが、TBSのシナリオ大賞受賞作で、ドラマ化されるらしい(もうされてるかもしれない)。なるほど、非常にイメージしやすい文体で、登場人物も「誰が適役か」などと考えながら読むのも楽しい。
久しぶりに「ほんわか」したものを読んだ気がした。内容はミステリーだからナイショにしておく。

なお、その後三浦先生に、先の「遊女が客を振ってもいいのか、って松岡さんに聞いてみたんですよ」と言ったところ「あのな、粋な振り方ってのがあるんだよ。そういう振り方すれば、客は怒れないんだよ」という答えが即答で返ってきた。
客も粋な振り方をした遊女に対しては文句も言えず、文句を言ったりするのは無粋とされたのだ。江戸っ子は無粋と田舎者はバカにしていたのだそうだ。

千夜千冊サテライトメディア「方」たけくらべ

4月3日夜半、待ちに待った「千夜千冊サテライトメディア『方』」の配信が始まった。

千夜千冊サテライトメディア「方」とは、千夜千冊の読者が、知の世界をより深め、楽しむための会員制月刊オーディオWebマガジンです。千数百におよぶ膨大なアーカイブをもつ千夜千冊のなかから、知のエッセンスを多様なテーマで切り出し、毎号、音声を中心としたコンテンツでお届けします

というもの。

千夜千冊 目次

第1回目の配信は第638夜の「たけくらべ」。樋口一葉の名作だ。一葉の名前は知っていても旧仮名遣いなどで、敬遠している方もいるかもしれない。実は私もその一人で、あらすじは知っていても、実際買うまでいかず、源氏物語同様マンガ化されたものを読む程度だった。

このオーディオマガジンは、松岡正剛氏の「千夜千冊」を、ご本人が解説している。今朝私はオーディオマガジンを聞き終えた。結構な情報量だが、耳から聞いていると、むしろ想像力が増すような気がするのだ。これは私が「ヴォーカル至上主義」(笑)のせいもあり、松岡氏の声が結構好みでもあるからなのだが、その相乗効果も相まって、純粋に愉しんで聞くことができた。まあそれは趣味として(笑)。

ちなみに私は今、ネットで「千夜千冊第638夜」のページを開き、再度読んでみた。オーディオで詳細な解説を聞いているので、理解度がずっと深まる。更に、iPhone の「青空文庫」で一葉の「たけくらべ」をダウンロードしてみた。音声で聞き、千夜千冊を読んでいるので、旧仮名遣いでも読めるのだ。これは勉強法としては非常に有効ではないか。

「少女たちよ、君たちはおニャン子にもモー娘にもなってはいけません。もっともっと葛藤に遊び、邪険にもなりなさい。」

サイトではこのように結ばれているが、オーディオブックでは「今ならAKB48にもなってはいけません」というところですね。と結ばれている。

残念な人の思考法

残念な人の思考法(日経プレミアシリーズ)

残念な人の思考法(日経プレミアシリーズ)

筆者は最初に「自分の残念な人っぷり」を告白している。勿論私にも「残念な」ところはある。ない人はいないだろう。
残念な人にならないように気配りしよう。
残念な人とは、プライオリティ(優先順位)がつけられない人である。ところが「プライオリティ」と言いながら、まるっきり的外れの「プライオリティ」を選んでいる人もいる。

フルタイムで働いている女性(特にお子さんがいる場合)はよくわかるだろうが、的外れのプライオリティを選ぶ輩は、一度フルタイム勤務の後にお腹を減らした子供に、栄養も考えた夕食を半年くらい作ればいいのだ。「オレは働いているから飯を作るのはカミさんの仕事だ」というのではなく、そんなことをやれば、プライオリティの選択とマルチタスクが身につく。
土日の朝に朝食を作る程度ではプライオリティやマルチタスクの勉強にはならない。
ご飯をつくる人は「ええっと、冷蔵庫にアレがあったから」とか、もの凄い勢いでアタマを回転させており、なおかつマルチタスクで動いている(基本的に男性はマルチタスクが苦手だそうだ)。

また、休日にどえらい豪華な食材を使ってつくる「おとこのりょうり」は、大方「片付けはしない」とか、趣味の域を出ないのである。
例えば、お湯で温めればいいパスタソースを使っても、サラダを用意し、パスタを茹で、温かいうちに食べていただくには「時間を計る」「手順を考える」ことが必要だ。
温かいものを温かいうちに供するというのは、最高の勉強になる。
それが分からないのが「残念な人」だ。

約束を守らない、空気が読めない、金銭にルーズ、いいオトナの割にタイミングがいい謝罪もできない。
多分人間が存在する以上絶対いなくならないと思うが、やっぱり悩ましい人々である。
中途半端に「残念」なのではよくない。誰もが驚く程の「残念」な場合、逆に誰にも真似できないような才能があることも否めない。すごいアーティストなんてそんなものなのだ。

知的な男は、モテる。「足るを知る」と「向上心」

知的な男は、モテる。―ライフスタイルを磨く57の方法

知的な男は、モテる。―ライフスタイルを磨く57の方法

操体には「間に合ってればいい」という言葉がある。「頑張るな、威張るな、欲張るな、縛るな」という「バルの戒め」もある。たま〜に橋本先生の言葉を都合のいいように解釈しているのではないかと思うことがある。
「間に合っていればいい」というのは、健康の基礎である「息食動想」のバランスが「60点」だったら、まあ及第、間に合っているということだが、操者(操体指導者の力量)が、「間に合っていればいい」では、患者さんに迷惑だ。「私の腕はそこそこ間に合っている程度です」という臨床家には余り診て欲しくないだろう。
50歳過ぎた受講生に指導していたら「橋本先生は『子供はほめると伸びる』と書いてありました」と言われた時は、笑ってしまった。だってアナタ子供じゃないでしょう。
「頑張るな」については他でも書いているので、ここでは書かないが「欲張るな」について「何だかやっぱり捉え方がちがうぞ」という場合がある。

そんな時にこの一節を知った。

「向上心をなくすことは足るを知るということではない」
「向上心」と「足るを知る」とは、相反するような感じがします。
でも、向上心は、満足しながらもさらに上へ上へと考えられることです。
「満足しなさい」イコール「向上心を持ってはいけない」ではないのです。
「自分は足ると思っているので、これでいいんです」という人はただ向上心がないだけです。
本当の向上心は、満足しながらも、もっと上へと思えるのです。
「自分はもうこれでいいと思っています」とか「欲を出さないようにと思っています」と言うのは、向上心に対しての努力を怠っているのです。
「足るを知る」という表現の間違った解釈です。
向上心がなくなっている人はたくさんいます。
それを「欲張らない」とか「足るを知る」という大義名分で自己満足しているのです。
今が不満だから向上心を持つのではありません。
今の状態だから向上したいというのは、本当の向上心ではなく、ただのプアです。
向上心はハングリーです。
満足しながらも、さらに上へと考えることがハングリーです。
それがハングリーとプアとの違いです。
豊かになったからハングリー精神がなくなったと言うのは間違いです。
豊かになれば、たしかにプアはなくなります。
でも、豊かになればなるほど、人間はハングリー精神が生まれてくるのです。
上に行けば行くほど、戦いと修行があります。
豊かになったからハングリー精神がなくなったと考える人は、上に行ったら戦えないと思い込んでいます。
それは上に行っていない人の発想です。
上に行けば行くほど、より厳しい戦いがあるのです。
勉強すればするほど、勉強しなければならないことが増えてきます。
ある程度のところまで勉強したら、もうそれ以上勉強しなくてもいいという発想の人は、実は勉強していないし、プアな発想で向上心のなくなる人です。
習い事でも、どこまで行ったらOKということはありえないのです。